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MASAYA SHIOURA

「発想人」の視点

塩浦 政也

NIKKEN ACTIVITY DESIGN lab(NAD)Chief/室長

_ PROFILE

日建設計で東京スカイツリータウン等の設計業務に携わった後、2013年に「アクティビティ(=空間における人々の活動)が社会を切り拓く」というコンセプトを掲げた領域横断型のデザインチームNADを立ち上げる。
空間と社会へイノベーションをもたらす‘人間行動に着目したデザイン手法’は、建築の枠を超え、様々な業界で注目を集めている。

人間の行動を中心に据える

日建設計は1900年創業の115年の歴史を持つ会社です。社名にあるように‘設計’を中核とした会社です。しかし最近は「そもそも何を建てたらいいのか」「現有の空間資源をどう活用すべきか」といった、目的が明確ではない問いが寄せられることが増えてきました。それは、社会全体がイノベーションを求め、本質的な課題に直面しているからにほかならないと思います。NADは、そうした課題に応えるために、建築設計の枠を超えて、領域横断型で解決策と提案を行う部署として立ち上がったデザインチームです。

NADが基盤としているのは、空間における人間の行動(=アクティビティ)。建物でもインテリアでもなく、中心にあるのは人間です。人間の行動を探り、街、オフィス、住居、交通機関…あらゆる空間で人間の能動性を豊かにする。それが社会のイノベーションにとってもっとも重要だと考え、そのためのデザインをアクティビティ・デザインと定義しました。現在、私たちはある地下鉄路線のブランディングプロジェクトを手掛けていますが、地下鉄を都市におけるパブリック・スペースと捉えることからスタートしました。利用者の行動を深く探りながら、空間はもちろん、サービスや広告戦略まで、アクティビティ・デザインという視点に立って広く提案を行っています。毎日の通勤がちょっと楽しい旅になる。そう利用者が感じられる地下鉄を目指して…。いま、人間を中心に据えた発想は、あらゆる業界でビジネスモデルの本流になりつつあります。アクティビティ・デザインとは、その流れのど真ん中に踏み込んで活動していこうとする、私たちの思想であり、社会への宣言だと考えています。

本来の建築家の仕事を復権させる

私は建築物を設計したいという欲求より、‘建築家というプロフェッショナリティ’を増幅させていくことに興味がある、少し変わったタイプの建築家だと思います。本来、建築家は建築物をつくるから建築家なのではなく、建築家的な思想を持っているから建築家なのだ、と。そこに立ち返りたい。

建築の歴史を繙くと、古代から建築家は政治家の横にいては参謀であり、宗教家の横にいてはブランドマネージャーの役割を果たしてきました。権威を誇示するための宮殿や神殿をつくって統治に役立てる。非常に政治色が強い職業でした。設計は仕事の一部でしかなかったのです。その後、近代に入り、ル・コルビュジェに代表される著名な先達たちが建築を市民や社会に開いたのですが、この100年間でいつの間にか建築家自身が自分たちの仕事を建築設計に特化し、ビジネスとして規定していきました。でも、もうそろそろ「建築家=建築をつくる人」はいいんじゃないかな。近代化のキャンペーンは終わったのです。本来の姿に戻ろうというのが私の発想。先達たちの成果はしっかりと受け継ぎ、これからの空間ビジネスをやっているつもりです。

発想とはきっかけを可視化すること

発想がいま必要とされていることに異論はありません。ただその前に、発想とは何かということです。私の定義では、発想とは「世の中のためになるきっかけを可視化すること」。だから発想体質を鍛える云々の前に、まず社会の共通善に基づいた思想を持つことが重要だと考えます。発想って、妄想や白昼夢とは別のものですよね。その違いをあえて言うと、発想には主語と対象がいる。「自分がこうすればあの人が喜ぶし、役に立つ」という行為を前提とした意思のようなものです。その意味で、それなりの力が必要だと思います。だからこそ、プロとしての職業が、発想には大事なファクターになってくるのです。

私は職業というものにとても興味があります。古代ギリシャにまでさかのぼりますが、プロフェッショナルとは、神と契約してその職業に就き、公益的な行為として仕事を行い、規律をもって修練していく人たちでした。それは体質そのものでしょう。建築の世界で言うと、まずその道の大家と徒弟制度の時代があり、次に方法論をつくり、資格を得ることで職業人になれる時代がきます。私は、その次に来るのは、態度(アティチュード)だと思っています。何かができるのではなく、やり続けるという態度。たとえば、その空間をデザインすることに対して責任を負い、発想し続ける態度を持っている人がプロなのだと。大家でも権威や資格でもなく、生活者を熱狂させる発想を実現させた人が、真のプロなのです。それが新しい意味での職業の定義になるのではないでしょうか。

本気の世間話で発想体質を鍛える

発想は、生活すべてにおける態度と反応から生まれると思います。ワークライフバランスという言葉がありますが、双方を明確に分割してバランスをとるより、ワークとライフを溶かし合うような意識が、発想には必要だと考えています。建築家の仕事は、人々の生活やアクティビティをデザインする仕事なので、両者を分けないほうがよいアウトプットを生み出せるはずなのです。

自分の発想体質をつくるために、日々の生活の中で気になることをスケッチし、写真を撮り、頼りになる社内外の仕事仲間たちと本気の世間話をします。それぞれにプロである彼らは決してイエスマンじゃないし、どちらかと言うとノーばかり言われているような気もしますが(笑)、そんな彼らとの雑談や世間話から新しいアイデアや発想が生まれるのです。とにかく、しゃべり続け、聴き続ける。そこで私の発想体質は鍛えられているように思いますね。インプットも大事です。学びはもちろん、一次情報も必要なので、会うべき人には会い、現場にも赴きます。そうして新しい場に自分を置くことで、もともとあったバイアスやそれまでの知識が崩れていく。既成概念が崩れるのは大歓迎ですね。もしかすると建築家という歴史ある職業の末裔であるという、絶対的な自信があるからかもしれません。たいしたことでは崩れないから、むしろ崩れてしまえ、と。「いいね」と言いながら最後に守りに入るのとは逆で、批評的精神で臨み、崩れるべきときは崩れる。発想はそんなところから生まれると信じています。

発想の価値を見極める

NADを立ち上げて一番よかったと思うのは、少し恥ずかしいけど…、自分が変わったことです。40歳を過ぎてこんなに変容するとは驚きですね。図面を引くという、自分が一番大事にしていたアクティビティをバサッと切ったわけです。生意気なことを言うようですが、現業をやりながら時々イノベーションをしているのでは本当の意味での変容は起きなかったと思いますね。

「優秀だけど無能」という言葉を教わったことがあります。優れた考えも社会の中で実現しないと無能と同じだといった趣旨です。かつて、週末に先端の情報に触れ、新しいデザインやビジネスモデルにわくわくして、月曜日に出社すると、そのテンションの高さを活かせない仕事が待っていることがありました。自分がとてもよいと思う発想が浮かんでも、それを社会に還元していく機会を見出せなかったわけです。同じような境遇にある人が世の中には溢れています。そこを救ってあげたいと真剣に思うし、いまはそれができそうな立ち位置にいます。そこを活かしていきたい。私たちは何かを変えたいから発想します。発想したいから発想を学ぶわけではない。英語を話せる人になるのが目的ではなく、英語で伝えたいことがあるから英語を学ぶのと同じです。発想して、その発想を実現していくことで、世の中の日常を少しでもよくできるよう活動していきたいですね。

Photo:Yoshiro Hayakawa

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